何かを知るということは、有益で良いことです
多くのことを知っていることも悪いことではないはずです
実際、多くのことを知らなければ、立派な仕事はできません

しかしながら
知識を持つことの危険も知っておく必要があります
知識を持っていると、どうしても、その知識に縛られてしまい
自由な発想や行動が取れなくなるのです
この状態を、私は

”知識の牢獄”

と、呼んでいます・・・あるいは”固定観念の檻”とも言います

知識というものは、廊下や階段にある手摺に似ています
手摺に手を掛けながら進めば、間違いなく通路に沿って進めますし
万が一、足を滑らせても、手摺を握れば転倒や転落を避けることができます

しかし、いくら手摺があれば安全だからといって
自分の周りを手摺だらけにしてしまえば、それは牢獄と同じです

もし、自分の周りに”固定観念の檻”が出来てしまっていると感じたら
私は感情の流れに身を任せます
感情は、液体のごときもので、自然に流れ出てしまうものだからです
感情の力で”知識の檻”から、流れ出るのです

感情すら動きが悪くなった時は、私は、気分に任せて行動します
気分は、その名の通り、気体のごときもので
いつの間にか”知識の檻”をすり抜け”感情の溜まりを”吹き抜けていきます

感情は液体のごときものです
常に湧き出るものがありませんと、低くきに流れる傾向があります
”知識の檻”を抜け出せても”感情の壁”を超えられないのです

気分は気体ですから
実体がつかめず、拡散してしまいがちです
一旦拡散したモノは、速やかに収束しなければなりません
ところが、これが意外に難しいのです

気分を良くするために
アルコールの力を借りることは一般的です
しかし、これも、度を過ぎれば害が大きいです
まして、薬物などに手を出してしまえば、人生の敗者になりかねません
気分転換は、けして簡単とは言えません

知性、感情、気分・・・私達の行動の根本因子は
どれ一つとっても、それだけでは完璧ではありません
それらの複雑な絡み合いが、私達の行動の動機となっています
どれか一つに過剰に寄り掛からないことが
バランスの良い人生を生き抜くコツのような気がします