幸せに生きることが人生の基本です
しかしながら、人類は長い間、幸せを簡単には手にすることができませんでした
幸せになるためには、努力と幸運の両方が必要でした

現代は、やはり努力と幸運が必要なことには変わりありませんが
多くの人が幸せを手にできる時代になりました
その理由は、人類の生産力が驚異的に向上したことです

自然状況と肉体労働に頼る時代の生産力は限りがありました
機械文明の発達は、少ない労働で驚異的な生産高を可能としたのです
現代人の豊かさは機械文明の恩恵です

過剰とも思われる生産力は、人類から貧困を撲滅しました
ただし、今尚、多くの人々、億単位の人々が貧困に苦しんでいます
この現実を直視するなら、人類は貧困を撲滅したという私の意見は間違いに思えます
ならば、人類は貧困を撲滅しつつある・・・と表現しましょうか

私には、ある考えがあります
それは、現代の貧困が、自然的なものではなく、社会的なものであるという考えです

昔は、冷害や洪水による作物の不作が飢えや貧困をもたらしました・・・今は違います
戦争や革命、社会的不公正が貧困をもたらすのです
つまり、貧困をもたらす要因が、自然的なものから社会的なものへと変わったのです

さらに、もう一つ、貧困のとらえ方の問題があります
昔は、貧困はすなわち、飢餓を意味したのです
今では、飢餓の心配は無くとも。所得が少ないことを貧困と呼ぶケースが多いです
ここでもまた、貧困が社会的な意味になってきているのです
生理的生存には問題が無くとも、心理的に面白くないことをもって”貧困”と呼ぶのです

「貧富の差」とか「格差社会」という言葉があります
私は、こうした表現が気になってしようがありません
「貧困」と「低所得」は分けて考える必要があるからです

低所得は、心理的には、面白くないこともあるでしょう
しかしながら、生理的に健康であれば、人は幸せに生きることができるのです
要は、気の持ち様です

私は生産力の拡大が貧困を撲滅したと書きました
より分りやすく表現すれば、食糧の過剰生産が人類から貧困を追放したのです

地球上には、現代でも、飢えに苦しむ人々がいます
これは、けして食糧不足が原因ではありません
食糧供給ができない、何らかの障害があるためです
その多くは、自然災害によるものではなく、社会的な事情によるものです

人類の生産力の飛躍的向上は、食糧生産にも飛躍的向上をもたらしました
ところで、所得が10倍になっても、人が必要とするカロリーが10倍になるわけではありません
むしろ、肉体労働から解放された人類は、必要とするカロリーが減っているのです
その結果、低価格の食糧が出回り
人類は、所得が低い人々でも、飢餓の恐怖から解放されたのです

平和の秩序が確立し、商品流通が地球上にくまなく発達すれば
本質的な意味の貧困は無くなります

飢えから解放された健康な肉体さえあれば
幸せは、一人一人の自由な発想によって追求すればいいのです
豊かな社会とは、他人との比較ではなく、個人の自由と個性によって
一人一人が自分の幸せを追求する社会のことなのです
共通の価値観としては「平和な秩序」と「商業の発達」があればいいのです