共産主義、社会主義、国家主義、全体主義・・・
それらは、皆、間違った思想です
国家権力によって経済を統制する考え方では
個人を不幸にするばかりではなく、社会も国家も世界も不幸になるのです

しかしながら
エゴイズムを超えて
皆が幸せになれる社会と国家、そして
そのような世界を作り上げようとい発想は間違いではありません

なぜ、その発想と
それを基にしたイデオロギーとが齟齬を起こすのか
その点を考えてみたいと思います

私達が、何かを正しいと考える時
それは、当然ながら、自分の知識の範囲で考えているのです

そこに問題があります
私達は、全てを知っているわけではありません
他人の立場を、その人の立場に立って考えることには限界があるのです

善悪を決めることは、簡単ではありません
殺人や暴行、窃盗を悪とすることも、人類は長い時間を掛けて学んでいるのです
日常生活のレベルでは、殺人は悪です・・・けれども
国家的レベルでは、今尚、殺人は正義です

世界の大国は、大量殺人兵器の開発と装備に巨額の国家予算をつぎ込んでいます
国家にとって、殺人は悪ではないのです
だからこそ、効率の良い殺人兵器の開発も善なのです
核兵器を持つことは正義なのです

何が正しいのか
核ミサイルから歯ブラシに至るまで
回答は一つではありません

誰にとっても正しいと思えることでも
国家的見地からは、そうとは言えないケースが出てきます
ましてや、個々人の趣味に関わる問題には、答えは一つではありません
そこを国家権力で強制しようとすれば
権力者と、その周辺の一部の者を除いて、多くの人が不幸になります

民主主義と自由主義経済は、結果として、多くの人を幸福にします
それを支える私有財産権の保証は、自由の保証でもあるのです
当たり前のことだとは思いますが
この当たり前が、まだまだ、一般常識にはなっていないのです