子供を産み育てたことに大きな喜びを感じる人々は
自分の子供達にも、早く結婚をして、早く子供を作ることを望みます
私も、そうした親の一人です

人生をいかに生きるかは、人それぞれです
どんな人生が幸せであるかも、人それぞれです
運命と個性は、有無を言わさず、私達の人生に強烈な影響を与えます
何が幸せかという問題に、答えは無数にあります

何が幸せかという問題の有力な答えの一つが、結婚です
そして、その延長としての子育てがあります
子を持つ喜びは、私にとっては、結婚そのもより、大きなのものでした
子育てのためにこそ、結婚という制度があるのだと思っています

私は”恋愛結婚”という考え方に大きな疑問を持っています
昔は、恋愛して結婚するのは例外でした
上流階級にあっては、結婚は両性の合意で決めるものではなく
両家の合意で決めるものでした

家の存続こそが重要であったからです

しかし、本人達の意志を無視した結婚が強いられたわけではありません
そんなことをすれば、当事者の不幸であると同時に
なにより、家の存続が危ぶまれるからです

両家の関係者により、注意深く選ばれたのが結婚相手でした
そのため、上流階級においては、離婚は少なかったのです
もちろん、まったく無かったわけではありません
例外的に、それはありました

現代のように、離婚が普通にある社会の人間からみれば
離婚が少ないこと自体が不自然かもしれません
時代の変化は、現代と過去の単純な比較を困難にしています

幸福の原因が一つではないように
不幸の原因も一つではありません
幸福な結婚の裏側に不幸な結婚があるように
不幸な離婚の裏には幸福な離婚もあることでしょう
結婚制度だけの問題に期することのできない数々の問題もあるでしょう

結婚生活を遂行する力は、意志の力です
これに反し、恋愛を推進する力は、感情の力です
結婚が恋愛の延長であるならば、その先には、必ず、結婚の破綻があるはずです
恋愛感情は、必ず、燃え尽きるものだからです
恋愛感情が結婚感情に変化した時に、人は結婚するべきです
それは、子供を作る意志や家族を作る意志が形成された時です

浮ついた恋愛感情が消えて、なお、一つの道を歩こうと決意出来た時
男女は、恋愛から、次の段階に入ったと考えるべきです
その時が、結婚へのゴーサインを出す時です