都市に田畑はありません
特に、東京都心にはありません
銀座のビルの屋上に田んぼが造られたとしても
それは、食糧生産とは別の目的によるものですから
耕作地とは呼べません

都市は港を中心に発達したところが多いです
したがって、都市の沿岸部には漁港があるところが多いです
そうした都市中心部に近い沿岸部は
漁業よりも経済生産性の高いオフィスビルやショッピングセンター
集合住宅やホテルなどが建設されるケースが多くみられます
ウォーターフロント再開発と呼ばれるものです
都市に隣接した漁業施設は消滅の過程にあります

近代都市に人口が集中したのは、近代工業の発達によるものです
農村から都市へ、農民から工場労働者へと
人口の大移動が起きました
ところが、現代の都市には、工場が見当たらなくなりました
繁華街の近くに、煙突からモクモクと煙を出しているような
古いタイプの工場を目にすることは、ほとんどありません

農耕地も無い、漁港も無い、工場も無い・・・それが、現代の”都市”です

それでいながら、都市への人口集中はますます進み
都市が生み出す経済生産性は農村や漁村を圧倒するばかりです
都市住民の平均収入は農漁村を凌駕し、総収入は農漁村を圧倒しています
一見、何の生産手段も持たない”都市”が、圧倒的な生産力を持ち、富が集中しています

こうした現象をいかに解釈すべきでしょうか?

現実を直視すれば
現代は”都市”こそが、農漁村を圧倒して、富を生産しているわけです
この問題を解明するためには
農漁村と”都市”の一番の違いは何かを抽出しなければなりません

”都市”と農漁村の一番の違いとは?・・・”自由”・・・です

職業選択の自由、商品選択の自由、服装の自由、人付き合いの自由・・・

都市には、農漁村に無い”自由”が氾濫しています
この”自由”こそが、商品やサービスの付加価値を生み出しているのです

天然の本マグロ自体に価値があるのではないのです
天然の本マグロの味を最大に引き出す都市の寿司職人がいて
その寿司職人の作る寿司に、大枚を払う都市住民がいるのです
そうした”都市”のシステムが、天然の本マグロの高値を呼ぶのです

現代は、都市が付加価値を生み出し
生み出された付加価値が集約されて、都市の富となり
農村や漁村は、都市が生み出す富の還流によって、富の分配の恩恵を受けているのです
”都市”の求めるモノを供給できるかどうかが、農漁村の経済にとっては死活問題となっています