私は時々、自分の運命について考えます

「一体、私は、何をすればいいのだろう?」

・・・と

この世に生まれ
いろいろ、やりたいこともありました
しかし、なぜ、それをしたくなったのかが分かりません

できたこともあったし
それ以上に、できないことが沢山ありました
ただし、私は、あまり大きな夢を持たないせいか
願望は、なんとなく、実現してきたような気がします

実現性のあることしか興味が無いというわけではありません
それどころか、私の日頃の関心は、あまり現実問題にはありません
仕事がありますから、現実に向き合うしかありませんが
そうでなければ、私は夢想家のようなところがあります

仕事は、私を現実につなぎとめています
厳しい現実と、いつも直面しているわけです
そこは情け容赦の無い世界です

一方で
なぜ、かくも厳しい現実と対処しなければならないのかと考え
他方では
死んでしまえば、私の生きた努力とは何であったのか?・・・と、考えてしまうのです

黙視熟考

考えれば考えるほど、分らないテーマ
おそらく・・・”世のため、人のため”という思いで生きること自体が
一つの”さだめ”なのでしょう

個々人は、バラバラではなく
人類という大きな存在に結び付けらているのでしょう
あるいは、生命という大きな存在の一員であり
”死”を含めて、その一部となって、存在しているのものなのでしょう