私は、よく思うのですけれど
役人が責任逃れのため、平気で嘘を言ったり
裁判官が、まったくの屁理屈を鵜呑みにして、判決を軽くしたりするのは
丸暗記中心の日本の教育制度に原因があるのではないかということです

言葉の上の辻褄合わせ
これは、小学校の国語の問題などにも、よく出て来て
私を絶望的な気分にさせるものです

物語の登場人物の心理を当てる問題です

人間の心理を明らかにすることは不可能です
これは高度な文学や哲学のテーマであり
小学生が安易に答えられることではありません

東大に合格するような日本の秀才は、だいたいが、小学校の時からの秀才であり
この種の国語の問題をすらすら答えてきた子供達です

人間の心が、簡単に言語化されると信じ、疑いをもたない
あるいは、所詮、学校の勉強などは、真偽にかかわらず丸暗記してしまえばいいと考える
虚無的な考え方を持った子供達です

これが、愚かで無責任な公務員を創り出す教育なのです

近代精神とは、人の心の内面を裁かないということです
信教の自由も、言論の自由も、これを根拠としています

日本では、殺人事件までもが、動機がどうのこうのとやります
しかし、殺人事件で重要なのは
動機よりも、それが

故意か、過失か、未必の故意か、事故か

・・・というようなことで
殺人者の動機などということは、調べの過程で予想がつく範囲でいいのです

だいたい、人間の殺意は、恨み、冷酷な利益追求、暴力衝動、自己防衛などから生み出されるものです
さほど深く考えなくとも、殺人者の殺人に至る過程を検証すれば、おおよそ、想像できます
人間の暴力衝動は、人間もまたケダモノである以上、ある程度、やむをえません

人間は、自分の行動を、すべて冷静に考えてから行うわけではありません
自分でも知らなかった衝動に突き動かされて、行動してしまうのです
殺人者の多くが、普段はおとなしくて、優しい人柄であったりするのです

心理を分析してみても、はじまりません
人間は、自分の行動ですら、理性のコントロールが利かなくなることがあるのです

したがって、殺人を犯した時点で

「心神喪失状態」

である場合が多いのです
当然ながら「心神喪失状態」は免罪の理由にはすべきでありません
殺人を犯した時点で平常心を保っていたとしたら
それこそ「異常人格」ということになるでしょう

「心理学」などという似非科学を導入すると
この世に殺人犯は存在しないことになってしまうのです