忙しさには種類があります

仕事が忙しいのは、しばしば良いことと捉えられています
通常は、忙しければ、それに応じて収入がふえますし
遊ぶ暇が無ければ、悪いこともしません

ただし、このブログでも先日書きましたが
不動産賃貸業では、忙しさは仕事が厳しい状況の時です
上手くいっている時はヒマなのです
ただし、その状態は長く続きませんから
ヒマな時に、次の事態に備えて、忙しくしなければいけません
忙しさのタイムラグを埋める努力が必要です
そのためには、先を見越す目も必要です

忙しさには、別種のものもあります
自分の直接的な利益に結び付かないことでの忙しさです
純粋に家庭的な、プライベートな忙しさもありますが
そうではなく、公的な役割のための忙しさもあります
私はこれを”カネにならない忙しさ”と言いますが
あまり良い言い方ではありませんね

エゴイズムから脱却して
自分以外の人達への貢献ということを考えて
地域社会や業界のために骨を折る
それが必要なことは理解しているのですが
人が集まると、そこに”政治”が発生してしまうので
私はこれまで、そういうことから、逃れて生きてきました
しかし、そうも言っていられない状況があります

人がやるべきことは、すべて”仕事(しごと)”なのでしょう
いつからか、それが金銭的収入をもたらすことだけに限定されるような意味が強くなり
仕事という言葉から、人として、やるべきことという意味が薄れてきているのでしょう
仕事の本来の意味に立ち返るべく
忙しさを、前向きに受け入れていくことにしようと思います