震災関連の報道は相変わらず多いです
しかし、率直に言って
つまらない話が多いです
その責任はジャーナリズムにあります
主体性がありませんから
現地の被災者に工夫の無い質問を投げかけ
それに、そう答えるしかない回答を引き出して記事にします
こんな記事なら、現地に行かなくても書けます
災害報道にあって、写真は重要です
言葉で表現できないものも、写真は雄弁に語ります
あの津波映像が世界に与えた衝撃の大きさは
どんな文章でも表現不可能でしょう
そんな中で
人の笑顔や泣き顔、苦渋に満ちた表情など
実は、何も語っていないことに
ジャーナリストは気付くべきです
人の表情には、悲しみも、怒りも、喜びも、ストレートに表れます
しかし、何を悲しみ、何を怒り、何を喜んでいるのか
その表情からは読み取れないのです
ここに、人の表情を報道する危険があります
子供が泣いている写真を、交通事故の写真の横に並べれば
事故の被害者か、遺族の写真に見えてしまいます
事故の悲惨を強調する効果が出せます
しかし、その2枚の写真の関連は、情報の受け手には分かりません
まったく関係ない写真を並べるだけで、事件の印象を操作することが可能なのです
そればかりか、事実を隠ぺいし、虚偽を捏造することもできるのです
震災報道の中で
人の顔を大写しにした写真には、どうも興味が湧きません
背景こそ、問題とすべきです
個々の人間の悲喜劇を問題にするのは、小説家に任せておけばいいでしょう
しかし、率直に言って
つまらない話が多いです
その責任はジャーナリズムにあります
主体性がありませんから
現地の被災者に工夫の無い質問を投げかけ
それに、そう答えるしかない回答を引き出して記事にします
こんな記事なら、現地に行かなくても書けます
災害報道にあって、写真は重要です
言葉で表現できないものも、写真は雄弁に語ります
あの津波映像が世界に与えた衝撃の大きさは
どんな文章でも表現不可能でしょう
そんな中で
人の笑顔や泣き顔、苦渋に満ちた表情など
実は、何も語っていないことに
ジャーナリストは気付くべきです
人の表情には、悲しみも、怒りも、喜びも、ストレートに表れます
しかし、何を悲しみ、何を怒り、何を喜んでいるのか
その表情からは読み取れないのです
ここに、人の表情を報道する危険があります
子供が泣いている写真を、交通事故の写真の横に並べれば
事故の被害者か、遺族の写真に見えてしまいます
事故の悲惨を強調する効果が出せます
しかし、その2枚の写真の関連は、情報の受け手には分かりません
まったく関係ない写真を並べるだけで、事件の印象を操作することが可能なのです
そればかりか、事実を隠ぺいし、虚偽を捏造することもできるのです
震災報道の中で
人の顔を大写しにした写真には、どうも興味が湧きません
背景こそ、問題とすべきです
個々の人間の悲喜劇を問題にするのは、小説家に任せておけばいいでしょう