喪失感というものは、心のへこみのような感じです
そこを逆にたどれば、失ったものの形が浮き彫りになるのかもしれません
ちょうどレリーフのような形で・・・

私たちの精神は、強く意識するものだけではなく
多くの、あまり意識しないものたちによって、支えられているのでしょう

日常を支える社会的システムはもとより、人間関係なども
安定していて、確実性の高いものほど
私達は、当たり前のものとして、強く意識することがありません
まるで空気のように、それがなければ生きていかれないほど重要なものであっても・・・

人間は社会的な生き物です
アリやハチのように、社会を形成して生きる生物は存在します
動物は、通常は群れを作って生活するものです
しかし人間ほど複雑な社会を形成して生きる生物は存在しません

人間が複雑な社会を運営できるのは”文化”を継承できるからです
言語をはじめ、生活習慣、モラル、行動様式、価値観、社会組織・・・を継承できるからこそ
人間は複雑な社会組織を維持し、発展させることができるのです

人間の精神の中には、文化を継承させる情熱がプログラムされているはずです
過去を語り継ぎ、体験を共有することが、次の世代へと文化を継承させていきます
そして、人は、漠然と、自分の後継者を想定しているもののようであります

事業の継承者も、遺産の継承者も、後継者には違いありません
それだけにとどまらず、記憶の継承者、体験の継承者を、人は求めているようです
そこに文化は生まれ、継承されていくように私には思えるのです
社会的規模でそれがなされる場合もあれば
小さな家族や親族のレベルで、それがなされる場合もあるのでしょう

姪は、祖父母が健在で、母も健在であった時代の我が家を知る最後の世代です
私の母にとっては、もっとも幸福であった時代であるかもしれません
我が家には病人もなく、経済的にも、まずまず安定し
嫁いだ娘たちが、しょっちゅう孫を連れて家に帰ってくる時代でした

そんな家族の、ささやかな幸福の時代の記憶を
実際に知っている最も若い世代・・・それが姪達であり
おそらく、私が亡き後も、我が家の幸福の記憶をとどめる世代が残ることが
私の無意識の想定であったように思います