本日、姪の告別式でした

参列者の多くが、特に女性は、涙を浮かべる人が多く
若い死の悲しみが、式場全体に
重く、締め付けられる雰囲気を作り上げていきます
私もまた、何度も、涙をこぼしそうになりました

式場に掲げられた写真の、姪の笑顔は素晴らしく
もう永遠に、生きたあの笑顔が見られないという思いは
死の残酷と、運命の冷酷を、いやでも思い知らされます
多くの人が、そのことを感じたはずです

姪は、私が19歳の時に生まれ、赤ちゃんの時期を我が家で過ごしました
このことの意味の重大さを、今回初めて、私は気づきました

19歳で大学受験をあきらめ、25歳で定職に就くまでの約5年間は
私の人生で、もっとも過酷な時期でした
実際、この時期の記憶が、私には、ほとんどありません
今で言う”引きこもり”のような状況だったのです

そんな中で、姪の記憶だけが鮮烈なのです

赤ちゃんで我が家に来た時から
すごい勢いでハイハイをするようになった時
やがて妹ができ、今度は二人して、両親とともに我が家に遊びに来るようになり
妹を抱き上げてみせたり・・・
ひとつひとつの思い出が、私には幸福な、そして鮮烈な記憶となっています

おそらく、姪の存在が私の希望だったのです
青春の苦闘のまっただ中にあった自分にとって
姪の存在は、そこだけが明るい光だったのです

やがて、私も定職に就き、姪も小学校に入ったころから
会う機会はずっと減ったはずですが
それでもずっと、私にとって、姪は可愛く、愛しい存在であり続けました
娘のようでもあり、妹のようでもある存在だったからでしょう

姪はずっと、私のことを

「お兄ちゃん」

と、呼んでいました

私が結婚し、やがて彼女も結婚しましたから
私のことを”おにいちゃん”と呼ぶことには、ためらいがあるようでした
しかし、彼女は一度も、私のことを”おじさん”とは呼びませんでした