インターネットの時代の不思議といいますか
ちっとも不思議ではないのですけれど・・・

私のブログをアメリカのジョージア州オーガスタに住む従妹が読み
従妹は川崎に住む自分の母親、すなわち、私の叔母に伝え
叔母から、私が、そのことを知らされる

・・・ということが起きるのです

情報は世界を回り
地球の裏側に住んでいても
隣近所に住んでいるより身近に、互いの近況を確かめることができます

あと何10年かすれば
そういうことに驚いていること自体が、奇妙に思われるでしょう
現在でも、ネットを当然のこととして育った世代は
すでに、そういう感性をもっているはずです

私は、完全に、古い世代に属しています

私は、こうして、自分の育った時代の制約の中で
喜びも悲しみも。驚きも怒りも感じて生きているのです
そのことは私の運命であり
現在の若い世代や、未来の世代は
私のことが理解できなくても、いたしかたないのです

・・・それでいいのです

私は最近、ますます、運命論者です

若い姪を失ったのも、やはり運命としか考えられません
誰が悪いわけでもなく、本人が悪いわけでもありません
ただ、運命だとしか言いようがありません
それを受け止めることが、残る者達の宿命です
それ以外には、受け止めようがないのです