古代ギリシャやローマが民主主義の原点だと言われています
その民主主義の実体がどんなものか、私はいま一つよくわかりません
ただ一つ言えるのは、そこに”自由な市民”がいたことです
”自由な市民”とは
兵役や納税義務と引換えに参政権を持っていた人々です
参政権を持っていますから
当然ながら、日常生活も自由だったわけです
しかし、全ての人間が”自由な市民”だったわけではありません
自由な市民とは、奴隷の所有者でもありました
多くの奴隷達がいたからこそ”自由”を満喫できたのです
奴隷労働を強いられていたら
当然ながら、人は自由ではありえません
自由であるためには、まず、奴隷労働から解放されなければなりません
古代社会にあっては、奴隷労働から解放されている人々というのは
すなわち奴隷の所有者、奴隷達のご主人様たちです
近代民主主義の始まりであるアメリカの民主主義も
実は、奴隷制を土台にした制度でした
明治維新の頃
急速な西洋文明導入にあたり
西洋の概念の日本語訳が考え出されました
エコノミクスを経済と訳したのは福沢諭吉です
漢文の”経世済民”から採ったらしいのですが
福沢諭吉にとっては
人々の生活を守る政策こそが経済であったのかもしれません
当時の知識人は苦労しながら欧米の概念の日本語訳を考えました
そうした中でシチズンの訳語について
これを”武士”と訳そうかという意見もあったそうです
それまでの日本では
労働から解放され、参政権と兵役義務を負っているのは
武士だったからです
四民平等を唱え
民主主義と国民皆兵を目指す明治政府が
シチズンを武士と訳すわけにはいきません
そんなことをしたら
自分達が打ち倒した幕府こそが共和制だったことになってしまいます
かくして
”市民”
と言う訳語や、国民という概念が生まれたわけです
その民主主義の実体がどんなものか、私はいま一つよくわかりません
ただ一つ言えるのは、そこに”自由な市民”がいたことです
”自由な市民”とは
兵役や納税義務と引換えに参政権を持っていた人々です
参政権を持っていますから
当然ながら、日常生活も自由だったわけです
しかし、全ての人間が”自由な市民”だったわけではありません
自由な市民とは、奴隷の所有者でもありました
多くの奴隷達がいたからこそ”自由”を満喫できたのです
奴隷労働を強いられていたら
当然ながら、人は自由ではありえません
自由であるためには、まず、奴隷労働から解放されなければなりません
古代社会にあっては、奴隷労働から解放されている人々というのは
すなわち奴隷の所有者、奴隷達のご主人様たちです
近代民主主義の始まりであるアメリカの民主主義も
実は、奴隷制を土台にした制度でした
明治維新の頃
急速な西洋文明導入にあたり
西洋の概念の日本語訳が考え出されました
エコノミクスを経済と訳したのは福沢諭吉です
漢文の”経世済民”から採ったらしいのですが
福沢諭吉にとっては
人々の生活を守る政策こそが経済であったのかもしれません
当時の知識人は苦労しながら欧米の概念の日本語訳を考えました
そうした中でシチズンの訳語について
これを”武士”と訳そうかという意見もあったそうです
それまでの日本では
労働から解放され、参政権と兵役義務を負っているのは
武士だったからです
四民平等を唱え
民主主義と国民皆兵を目指す明治政府が
シチズンを武士と訳すわけにはいきません
そんなことをしたら
自分達が打ち倒した幕府こそが共和制だったことになってしまいます
かくして
”市民”
と言う訳語や、国民という概念が生まれたわけです