今日は末の子の小学校の入学式でした

入学式の最初に
東日本大震災の被災者のための黙祷をささげました

大震災のために
なんとなく、長い春休みになってしまった子供達は、いよいよ、もう新学期です
震災による大きな社会的変化とは別に
通学という、容赦無い日常が、子供たちの生活にリズムを持たせます

私自身、子供たちの学校が始まれば
容赦無く、日々の生活のリズムが、それに従わざるをえません
妻は5人の子供の学校生活こそ、全ての生活の基本となりますから
私も、それに従うことになるからです

この日常生活のリズムこそ
苦しみや悩みから人を解放するものだと、私は考えます
なんだか軽薄なようですけど
日々、やることがあること
やらなければならないことに追われる生活こそ
人を悩みから切り離します

そんなわけで
今回一番腹が立ったのは計画停電でした
計画停電は日常生活のリズムを破壊し
私を一種の鬱状態にしました
震災が悪いのではなく
東京電力が、私を、一種の”被災者”にしました

電気が止まることは
日常生活が止まるということで、悪質な被害でした
あえて東電だけを責めるのは酷かも知れませんが・・・