日曜日に、亡き母の二十三回忌をしました
食事の時に、隣にいた叔母から話を聞きました

第二次大戦の末期の昭和20年、もう空襲が激しくなった頃
叔母は肺病を患い、もう命はないと言われたそうです
その時、叔母は

「蜜柑が食べたい」

と、言ったそうです

母と、母のすぐ上の姉の二人は、妹の最後の望みを叶えるため
国府津まで、蜜柑を買いに出掛けました
母が17歳の時です

少し季節外れであったため
どの農家でも、蜜柑は無いと断られたそうです

それでも一軒一軒、根気良く探すと
母達が蜜柑を探している理由を聞いたある農家が
井戸に吊るして保存してあった蜜柑を分けてくれたそうです
母達は蜜柑が手に入るまでは
お弁当に持っていったおにぎりを食べることもできなったそうです

叔母は蜜柑を食べて少し元気になり
さらに、軍隊から一時帰宅した義兄(伯父)からペニシリンのある病院を紹介され
肺病から回復し、現在に至っているということです
叔母は今でも、姉達と義兄には感謝していると、話していました
いずれも、もう故人となっている人々です

この話は
私は、誰からも、一度も聞いたことがなく
今回はじめて聞く話でした
二十三回忌をして、よかったと思いました