本日の産経新聞に、時評「文芸」8月号というコラムがありました
筆者は、早稲田大学教授・石原千秋氏です

ロマンティック・ラブイデオロギーというものがあるのだそうです

石原氏によれば
ロマンティック・ラブイデオロギーとは
恋愛と結婚とセックスがセットになった思想のことです

セックスには恋愛が前提で
そういう恋愛をしたら、その先に結婚がある・・・という考え方のことです

これは緩やかな貞操観念で
父権制資本主義は「自由恋愛」を家族制度の中に組み込んだ・・・ということなのです
明治の半ばあたりから中産階級に定着しはじめて
昭和まで続いた思想・・・なのだそうです

ふ~ん

父権制資本主義?
何ですか、それ?

共産主義者が文芸を語ると
恋愛を論じて「父権制資本主義」なんて言葉が出てくるのです
バカバカしくて、まともに相手をするのも疲れます
これが産経新聞ですから
日本のマスコミは共産主義者に支配されている・・・ということがよく理解できます

それにしても
恋愛を語るのに「資本主義」ですか?
なんか関係あるんですか?
私は、社会制度と恋愛が無関係とは言いません
しかし「資本主義」なんて大雑把なくくりで、恋愛を論じても
面白くもなんともないと思うのですが、いかがなものでしょうか?

ただしロマンティック・ラブイデオロギーとう概念は
私は大いに注目します
たしかに、そのようなイデオロギーの存在を、私は以前から勘付いていました

私は、あまり言いたくないのですが
恋愛とセックスと結婚をバラバラに経験してきました
恋愛とセックス、あるいは結婚とセックスは結び付いていましたが
私達の結婚は見合いなものですから、恋愛と結婚は結び付かないのです

もちろん、私達夫婦は
恋愛感情があったからこそ結婚したのであり
見合いから結婚に至るまでの半年は
毎日、会うか連絡を取り合っていました
このような濃厚な男女関係は、私には経験のないものでした

私はそれまで
女性の自宅を訪ねるようなお付き合いさえ、したことがありませんでした
そういう意味では
妻との出会いから結婚に至る半年間は
私の生涯で最高の恋愛期間であったともいえるでしょう
しかし私達が強い恋愛感情を持ちえたのは
結婚という前提があったからであり
恋愛の結果、結婚に至ったわけではないのです

恋愛、セックス、結婚と一続きの流れになるのが自然なのかもしれませんが
私の人生経験からいうと、それはそんなに簡単なことではありません

自由恋愛の時代ではあります
多くの女性は結婚を前提としなくともセックスをする時代でもあります
しかし、私の狭い経験の範囲では、多くの女性は結婚を望んでいるのです
そして、付き合っている男性に結婚を求めるのです
それに応じない男性に対しては、恋愛感情が傷付いていくのです

結婚を前提としないかぎり女性とは恋愛ができない・・・というのが私の結論でした
25歳の頃です
もう、はじめから結婚を前提にした女性としか付き合わない・・・と決めました
しかし、そう考えると、付き合いたい女性は見つかりませんでした
はっきり言っておきますが、けして私がモテなかったわけではありません・・・

たしかに私は
若い女性達がロマンチック・ラブイデオロギーに染まっているいるのを感じました
しかし男性の多くは、必ずしも、そうではありません