悲しみというものは
人との別れに際し起きる感情です

死、失恋、旅立ち・・・

私達の人生には、必ず、別れがあり
それにともなう悲しみがあります

悲しみに耐えることが、人生であり
ある意味で

サヨナラ・・・だけが、人生なのかもしれません

もちろん、別れだけが人生ではありません
しかし

サヨナラ ダケ ガ ジイセイ ダ

と、覚悟を決める時
人は、もしかしたら、ほんの少し、生きる勇気が持てるのかもしれません

「会うは別れの始めなり」

という言い方もあります

人は出会い、喜びを共にし、やがて、何らかの形で、別れがやってきます

人との別れに際し、人は、はじめて
その人の存在の、自分にとっての意味に気付きます
その重さに気付くのも、その時です
そして、時に、胸をえぐられるような、悲しみという痛みに耐えるのです

今日、偶然にも、わが家の縁者の死亡通知が、同時に、二つ来ました

私の直接の知り合いではありませんが
父にとっては、長く親しくお付き合いした人達です

亡き祖父が幼年期を過した家の現在の御当主であったり
亡き伯母の親友の夫であったり
ただの遠縁というのではなく
かつての我家にとっては、特別な親しみのある縁者だったのです

高齢の父が、高齢の知人を亡くす思いは、いかなるものなのでしょうか?

別れは、その人の存在の、自分にとっての意味を知らされると書きましたが
同時に、自分の人生に思いをめぐらす契機ともなるものです
人生の喜びは、喜びを共にする人がいるからこそ生じるのだから・・・

心を通わせられる人を失う時
人は、知らないうちに、自分の人生を振り返っています
悲しみとともに・・・