労働が富を生み出すというのが
近代経済学の基礎です
しかし、そろそろこの辺で
この考え方を改める時ではないでしょうか?

私が見るところ
労働は富を生み出す条件の一つではあっても
けして、必ず富を生み出すとは限らないからです

働けど働けど、金は稼げず、暮らしは楽にならない
いつの時代も変わらぬ庶民の嘆きです
誰かが悪いことをして自分を苦しめているからだと
つい、妙な想像をしてしまいます

これがサラリーマンであれば
自分の稼ぎを経営者や資本家が搾取しているからだと
マルクス理論によって、考えることもできます
しかし、小さな商売をしている自営業者には
そんな責任転嫁はできません

自営業者は
自分の会社の商品やサービスが売れなければ
経営者自身が、誰よりもそのことを自覚しています
自分の失敗を自覚しているのです

誰かが自分の利益を奪っているのではなく
自分自身が、資源や資本を無駄使いして
世の中に必要とされない商品やサービスを作り出してしまったのです

企業には、商品企画や市場調査の部門があります
売れない商品やサービスを開発した連中は
会社に損失を与えたわけです

会社に利益が出た時に
会社は労働者を搾取していると主張する人々は
会社が損失を出した時は、労働者が会社を搾取したとして
給与の返上を主張しなければなりません

働けど働けど利益が出ないのは
会社も個人も関係ありません
お金を儲けるのは簡単ではないのです

いくら働いても、お金に不自由するのは、止む得ないことなのです
なぜなら・・・

「労働が富を生み出すわけではない」・・・からです

それならば、何が富を生み出すのでしょう?

その第一は他者への想像力です
他人が欲しがるものが想像できることであり
そのために人々が用意できる対価まで想像できることです

そして第二に・・・これが一番重要です
それを人々が用意できる対価より少ない経費で調達できることです
つまり付加価値がなければならないのです

100円で買ったものを100円で売れば、確かに売れるかもしれません
しかし”富”は創出できません
80円の原価で100円で売れるモノを作らなければならないのです
差額の20円が付加価値です
この付加価値を創意工夫によって創出しなければならないのです

貨幣経済以前の、たとえば狩猟社会であれば
狩猟の得意な者は
他者より少ない労力で、より多くの収穫を得られたであろうから
より多くの富を得られたことでしょう

社会の発展とともに、社会も経済は複雑化し
富と利益の関係も複雑化してきました
しかしどんな時代でも、付加価値による交換差益が積み重なって
富を形成することに変わりはありません

近代工業社会になると
科学技術の発達が、とんでもない付加価値を創出するようになりました
ただの石ころが、半導体となり
貴金属よりも高価な商品に化けるのです

付加価値は
ハイテクだけではなく、デザインやキャラクターからも生まれます
ただの子供用運動靴が
キャラクターの絵が付いているだけで
倍以上の値段で売れるのです

ここで、結論です

「富は”他者への想像力”と”付加価値”が生み出す」・・・のです

この条件を欠くなら
労働それ自体は、何らの富も生み出しません
働けど働けど、暮らしは楽にならないのです

多くの人々(消費者)の望むものを
人々がそのために用意できる対価より
安い原価で用意できた者に、富がもたらされるのです
この条件を欠くと、労働は徒労となるのです