リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの人と思想を
我がブログの読者にご紹介したいのですけれども
私の教養と知性では、手に余る巨人です
いかんとも、しがたく、現在思案中です
とにかく皆さんにご記憶願いたいのは
繰り返しになりますが
EU(ヨーロッパ共同体)の提唱者であるということです
ただしカレルギーにとっては
これは目的ではなく、手段でした
国家は目的でなく手段であると言ったカレルギーです
EUもまた、目的ではなく手段なのです
カレルギーにとって
目的とは人間です
人間であることが真の目的なのです
国家や国家集団の全体主義ではなく
人間の、個人としてのトータリズム(全体主義)が彼の思想なのです
個人の本来持つ可能性を全うすること
すなわち個人の自由の追求こそが、人間の生きる目的であり
生命よりも、自由の方が価値があるのです
奴隷の地位に甘んじるより、命を賭けて戦うことに価値があるのです
個人の自由を可能にするからこそ
命がけの戦いをしなくても、自由が実現できる秩序が提供できるからこそ
国家の存在に意義があるのです
カレルギーは国家を偉大なものと考えます
国家は、個人を隣人との闘争から解放し、自由を与えます
個人の自由を圧迫する全体主義国家ですら
無秩序な無政府状態よりはましであると
カレルギーは考えます
ただし
国家は偉大な人類の創造物ではあるけれども
国家を神格化してはならない
・・・というのがカレルギーの主張なのです
全体主義は、国家を神格化し
人間を手段としか考えなくなります
労働者として、兵士として、武器の一部として
人間を、国家のための手段としか考えなくなるのです
我がブログの読者にご紹介したいのですけれども
私の教養と知性では、手に余る巨人です
いかんとも、しがたく、現在思案中です
とにかく皆さんにご記憶願いたいのは
繰り返しになりますが
EU(ヨーロッパ共同体)の提唱者であるということです
ただしカレルギーにとっては
これは目的ではなく、手段でした
国家は目的でなく手段であると言ったカレルギーです
EUもまた、目的ではなく手段なのです
カレルギーにとって
目的とは人間です
人間であることが真の目的なのです
国家や国家集団の全体主義ではなく
人間の、個人としてのトータリズム(全体主義)が彼の思想なのです
個人の本来持つ可能性を全うすること
すなわち個人の自由の追求こそが、人間の生きる目的であり
生命よりも、自由の方が価値があるのです
奴隷の地位に甘んじるより、命を賭けて戦うことに価値があるのです
個人の自由を可能にするからこそ
命がけの戦いをしなくても、自由が実現できる秩序が提供できるからこそ
国家の存在に意義があるのです
カレルギーは国家を偉大なものと考えます
国家は、個人を隣人との闘争から解放し、自由を与えます
個人の自由を圧迫する全体主義国家ですら
無秩序な無政府状態よりはましであると
カレルギーは考えます
ただし
国家は偉大な人類の創造物ではあるけれども
国家を神格化してはならない
・・・というのがカレルギーの主張なのです
全体主義は、国家を神格化し
人間を手段としか考えなくなります
労働者として、兵士として、武器の一部として
人間を、国家のための手段としか考えなくなるのです