夜の街、アルコール、音楽・・・
私にとって、それらは、日常生活の一部であり
朝食や歯磨きや洗顔のような日常であり
何かを考えるためというより
何も考えないための、日常の生活のリズムの一要素です

最近は、夜の街に出ることもすくなくなりましたし
新しいミュージシャンのCDを買うことも、滅多にありません
私にとって、音楽は、日常生活のバックグラウンドミュージックなのです

マドンナもマイケル・ジャクソンも
私にとっては、そうしたミュージシャンでした
私は、マドンナのCDは持っていますが
マイケル・ジャクソンのCDは持っていません
それでも、ある時代を思い浮かべる時
その音楽は、強烈な印象をもって、私の記憶に突き刺さっているのです

音楽、特にポピュラーミュージックについて考えると
時代というものを、私は強烈に意識させられます
その時代というものを考えなければ
どうにも理解できないものが、ポピュラーミュージックにはあるのです

ある時代の記憶が
その時代に流行った曲とともに
強烈に印象付けられ、心に刻印されるのです
”時代の気分”というようなものが、そこにはあり
それを人々が共有し、一つの時代を形成していくような印象が
私には、あります

音楽だけなのでしょうか?

現実に見聞きする人々の生活より
テレビの画像に映し出されたものの方が強い印象を残します
スピーカーから大音量で流れる音の方が
人々の生活音や日常会話のさざめきより、現実をを圧倒しています
何か大きな力が、世界をひとまとめに、どこかに運んでいくような
不思議な一体感と、無力感を、同時に感じさせられるのが
”現代”というものなのかもしれません