1990年5月、栃木県足利市で
4歳の女児が行方不明になり、翌日遺体で発見される事件がありました
これが「足利事件」です

菅家利和さんは、本人の自白と
女児の着衣についた体液のDNAを唯一の物的証拠として
一審二審有罪、最高裁で無期懲役が確定し、刑に服していました

ところが、最新のDNA鑑定によって
女児の着衣のDNAと菅家さんのものが異なることが明らかになり
刑の執行は停止され、菅家さんは釈放されました

以上は、新聞が連日報道したことなので
皆さんもご存知のことと思います

皮肉なことに
かつて菅家さんの有罪の決め手となったDNA鑑定が
今度は菅家さん無罪の決め手となりました

聞くところによれば
事件発生当時のDNA鑑定の精度は
80人に一人を見分ける程度のものだったようです
ところが、最新のものは
人類の中から一人を特定できるほどの精度だそうです

最初の段階のDNA鑑定の問題点を指摘するのは簡単です
しかし現実には、最新のDNA鑑定により、菅家さんは解放されたのです
菅家さんの、失われた時間を取り戻すことは出来ませんが
冤罪を晴らすことはできました
最新のDNA鑑定を賞賛すべきでしょう

科学を過信すると大変なことになります
しかし、科学を否定すれば、もっと大変な事態に陥るのです

足利事件は、菅家さんを犯人と特定できる物的証拠の無いまま
警察は自分達の思い描いた事件のイメージに合わせた自白調書を作成しました
DNA鑑定は、科学的捜査を偽装するための、添え物に過ぎませんでした

紳士的な捜査をしていれば、本人のアリバイは簡単に確認できたはずです
警察側は、アリバイに疑念があれば
合理的な手法によって、アリバイ崩しをしなければなりませんでした
足利事件は、警察の思い込みが作り出した冤罪事件だったのです
別の表現で言うと
警察の非科学的態度が作り出した冤罪だったのです

科学的捜査をせず、強制的自白に頼る
日本の警察の伝統的手法を正さないかぎり
警察が生み出す冤罪を無くすことは不可能でしょう

日本では、多くの罪無き犯罪者が
こうして、警察によって、でっち上げられてきました

真犯人は、どこかにいます
警察が取り逃がしたか、意図的に匿ったか、それは分かりません
とにかく、他人に罪を着せたまま、逃げ遂せているのです