田中角栄形政治といえば
その時代を知る多くの人は
真っ先に”金権政治”を思い浮かべるでしょう

金の力で、国会議員を自派に取り込み
政治的目的を遂げるという政治手法のことです
これは当時、盛んに批判されたものでした
金権批判こそは、つねに田中角栄批判の中心でした

しかし、これを国会議員が言うところに、みっともなさがありました
自分達が、あるいは自分達の仲間が
金の誘惑に弱いということを暴露しているようなものだからです

それに
田中角栄には政治資金が集まるのに
自分達の処へは集まらないということは
自分達の政治力が弱いことの、間接的証明でもあります

田中角栄批判というものは、このように自己矛盾をはらんでいました
いたって説得力の無いものであり、国民の支持も得られませんでした

田中政権は、オイルショックなどもあって
経済的混乱の中で、短命に終わりました

しかし、田中角栄の影響力は
その後も長く、彼が病に倒れるまで続きました
キングメーカーとか「目白の闇将軍」とか呼ばれて
その当時は、日本の内閣は、彼の支持が無ければ成立しないと
世間では信じられていました

田中角栄批判派は、ついに彼を倒すことができず
病が、彼の政治生命を奪いました