9年目にして花を咲かせてくれたリンゴの木
普通なら、実を大きくするための摘花・摘果をしなければいけません
しかし木村夫妻は、もったいなくて、その作業ができませんでした

畑のすべての木が花を咲かせたわけではなく
多少なりとも害虫による被害もあったため
収穫は一般のリンゴ園の15%ほどでした

一つ一つの果実もまだ小粒だったため
すべて加工用として出荷しました
加工用のリンゴはコンテナ1杯200円、全部で1万円そこそこでした
それでも9年ぶりの収入でした

木村家の経済的苦境はかわりません

木村氏はアルバイトに精を出すことにしました
はじめからアルバイトをしていれば
家族をここまで苦しめることはなかったかもしれません
しかし木村氏は”答え”を見つけるまでは
全身全霊をリンゴ作りに傾けるしかなかったのです
”答え”を見つけて、はじめてアルバイトをする心の余裕ができたのです

最初に勤めたのは、弘前市内のパチンコ店でした
それまでパチンコはやったことがありませんでした
農作業を終えた18時から22時まで、毎日出勤しました
なんとか仕事にも慣れ8ヶ月が過ぎたある日
風邪をひいて2日休むと解雇されてしまいました

パチンコ店の次は、弘前市内の盛り場のキャバレーに勤めました
新聞の求人欄に職種が書かれておらず、面接に行くとキャバレーだったのです
昼の農作業を優先すれば、どうしても夜の仕事をせざるを得なかったのです

月給18万円保証はパチンコ店の3倍になります
多少無理をしてもやろう思い、家族には観光関係の仕事と嘘を言いました
ただし途中で、嘘はばれていたようです・・・