妻の美千子さんは、夜中に布団を抜け出す木村氏を見るようになりました
夢遊病者のように、玄関を出て、庭先にある納屋に入っていきます

納屋の中は、がらんとしていて
もう何年も使っていないリンゴを入れる木製の箱が
几帳面に積み上げられています
夫はリンゴ箱の上に座って目を閉じ
夜が明けるまで、そのまま座っていることもしばしばでした

妻は夫の苦しみを・・・よく分かっていました
夫が焦っているのは、家族がいるからでした

木村氏は、信じられないほど無欲な人なので
自分のことなら、服が無くても、食べ物が無くても
不満はないし、心を乱されることもなく
嬉々として、夢を追って生きていける人なのでした

木村氏の家族に対する罪悪感が、逆に家族を苦しめていました
子供達は、貧乏をさほど苦にしていませんでした
しかし、木村氏の不機嫌が、家族の団欒を奪っていました

ある日、リンゴ畑で、木村氏は美千子さんに言いました

「もう諦めた方がいいかな」

美千子さんは、それが夫の本音でないことは、分かっていました
それでも、父の苦しみを子供達に教えてやりたくて
子供達に、その話しをしてみました

すると、いつもは大人しい長女が、色をなして怒ったのでした

「そんなの嫌だ。なんのために、私達はこんなに貧乏しているの?」

父の夢は、いつしか娘の夢になっていたのでした