1960年代の川崎とはどのようなところだったでしょう
私の知人には、何人か
その時代の川崎で、少年時代を過した人がいます

彼らが一様に口にするのは

「あんなところ、人の住むところではない」

というものです

高度成長時代のど真ん中
そして日本有数の工業地帯であった川崎
大気汚染その他の公害はピークを迎えていました

工場の排煙と自動車の排気で、晴れた日でも空は霞んでいました
川は濁り、側を歩けば鼻をつまみたくなるような不快な臭いがしました
水道の水は、不味くて飲めたものではありませんでした

しかし木村氏にとっては
これが、工業の発達した都会というものでした
憧れの大都会で、意気揚々と働いたのでした
田舎の友達に話せば
さすが都会は大したものだと、感心されたに違いない・・・

木村氏が配属されたのは原価管理課でした