高校3年になると
木村氏はオートバイに夢中になりました

夜中に農道を走り回り
ある時、モトクロス用のバイクで山道を走っていて
何ヶ所も骨折する大きな事故を起こしたこともありました

三沢の米軍基地のアメリカ兵から
中古のバイクを安く買い取り、改造しました
エンジンをちょっといじるだけで
オートバイの性能は飛躍的にアップしました

木村氏は次男坊だったので、家を継ぐ必要はありませんでした
計算が達者で、効率を第一に考える性格でしたから
親のする農業を見ていると、農業に将来は無いと思ってしまうのでした

高校2年の時に簿記1級の資格を取り
会計士になろうと、高校卒業の年に試験を受けました
これは合格できませんでした

高校を卒業すると、日立の系列の子会社に就職しました
中東に建設するパイプラインを作る会社でした
会社は川崎にありました

昭和43年3月23日、木村氏は、急行津軽に乗って上野駅に着きました
上野から川崎までの道順が分からず、戸惑いましたが
なんとか夕方までに川崎駅に着きました

木村氏は、川崎駅に会社の人が迎えに来てくれていたことが
とても嬉しかったことを憶えています
それと、もう一つ、夕日がオレンジ色で驚いたことも憶えています
夕日は赤いものとばかり思っていたのに・・・