田母神論文と正面から論争することをマスコミは避けました
勝ち目が無いと判断したからです

そこでシビリアンコントロールの観点から
田母神氏を批判しました
現職自衛官が政府見解に反する論文を発表するのはけしからんという理屈です

シビリアンコントロールという言葉は
日本人の間で共通認識が成立している言葉ではありません
文民統制と約されていますが、これでは意味が分かりません

自衛隊の制服組を防衛省の役人が支配すればよいというのが
日本におけるシビリアンコントロールの意味になってしまっています
省庁内部の権力闘争や主導権争いなど、国民不在の議論です

本来のシビリアンコントロールは
国民による行政のコントロールです
民主主義社会というものは、おしなべて
シビリアンコントロールが実効されていなければならないのです

もし自衛官に自分の意見を発表する自由がないのであれば
他の役所の官僚にも、意見表明の自由を制限すべきでしょう

大蔵官僚だった榊原某も、現役官僚でありながら
職務に直結した内容の著書を出版していました
政府は大蔵省をシビリアンコントロールできていなかったことになるでしょう

仮に、榊原の著書が大蔵省(現財務省)の意向を発表したものなら
それは業務の一環であり、著作の印税は国庫に収められるべきです
もしそうでないなら、彼は経済政策に携わる身で
勝手な意見を公表したことになります

それとも、自由に発言しても、大蔵省の意向には反しないということでしょうか?
そうだとすれば
大蔵官僚は、まるでロボットかクローンのような人々なのでしょうか?
自由意志で発言しても、組織の方針には逆らわないという・・・