自由を正しく理解することが、現代人に求められています

自由とは、何をしてもいいということではありません
それでは動物の行動原理と変わりません

動物の行動原理を自由と呼んでしまうと
自由という言葉に意味が無くなってしまいます
自由が問題となるとき
それは”人間にとっての自由”の意味を考える必要があります

自由というのは、社会的な意味であれ、政治的な意味であれ
人間的意味で考えるべきです
そうである以上、何をしてもいい自由というのは存在しません
一定の条件、範囲のもとでの、自由というのが
現実の人間社会の自由です

何を言ってもよい、何を書いてもよいという
いわゆる”言論の自由”にしても
まず、日本語を使わないかぎり、日本国内では意味を持ちません

日本語を使う日本文化圏でなければ
日本語を使った”言論の自由”は意味がありません
私が、自由とは文化的生活をすることだと言うのは
そういう意味です

恋愛の自由はあっても
恋愛の作法は文化によって違います
食事の自由が美食を生み出すのですが
これも、作法なども含み、文化を背負っています

権力を持っていても、恋愛が成就するとはかぎりません
真の美食にありつけるともかぎりません
恋も美食も、人の自由が創り出すものだから

金銭や権力だけでは、どうにもならない世界があるのです
それが文化となって定着していくのです
自由の中から、形やルールが形成されていきます
それが文化です