今も昔も、人間には、変わらぬ宿命があります
親子の関係、男女の関係、誕生から死に至る人生の段階
少年期、青年期、結婚、子育て・・・
私もまだ、死んだわけではありませんから、その全てを知るわけではありません
しかし、多くの先人達が感じたであろうことを
私も感じているのだろうと思うわけです

自分とは何だろう?

一人の男として、この世に生まれ、成長し
結婚をして、子供に恵まれ、子育てに追われる今があります
喜びも苦労も、けして私だけのものではありません
おそらく誰かが、私と同じ様な喜びを経験し
また別の誰かは、私と同じ様な苦労を味わってきたことでしょう

自分とは何なのでしょう?
自分だけの・・・と限定できる経験など、はたしてあるのでしょうか?

多くの人が経験する内の何かを自分も経験し
人々と共通の経験を持っていることを前提として
言語によるコミュニケーションも成立します

同じ言葉でも、受け手の経験の量と質により
伝わる内容も変わります

こちらが、どんなに誠実に正確に、事実を伝えようとしても
受け手に正しく伝わるとは限りません
受け手に当方と共有できる何物かがなければならないのです

しかしまた、私達は
自分が経験したことの無いことに強烈な興味を抱きます
理解できるはずのない未知の世界を
人の話だけで、あるいは
書物により、言葉や文字だけの情報だけで、知ろうとします
既存の知識と想像力が、それを可能にすると信じているからでしょう