未来は誰も予想できません
予言が当たったとしても、まぐれ当たりかもしれません
だから、誰を信じ、何を信じたらいいのか
それは各人が自分で判断しなければならないのです
私の場合、信じる根拠は経験と気分です
それと、もう一つ、科学に基ずく合理性です
ただし、科学的という言葉に、直ちに信用を与えるほどウブではありません
自分なりの確かな科学的根拠に基づく判断をするのです
科学的であろうとすると
現実世界では、答えの出にくい問題も多いものです
それというのも、実験室とはちがい
わずかでも未知の条件が加わっているとすれば
科学的な判断は下せないものだからです
結論を急ぐのは科学ではありません
科学をダシに使っても
結論を急ぎ、人々を煽り立てるのは科学ではありません
何をすべきか・・・それを語るのは哲学であり宗教です
近代人は宗教を捨て、哲学を捨てて久しいのです
そこに科学の名のもとに迷信と狂信が忍び込みます
地球温暖化だとか環境汚染だとか
確かに大きな問題だし、何とかしなければならない問題ではありますが
そこで科学的として語られている多くは怪しげなものです
科学的結論を出すためには、入力すべき要素のうち
未解明なものが多すぎるのです
それと、もう一つ
私達は科学とは呼べないものを科学扱いしてしまっています
その代表が”社会学”と”心理学”です
社会学の中で、一番怪しげなのが経済学です
外れっぱなしの経済予測をしても
学者としての地位が、びくともしないのが経済学者です
明らかな殺人犯を無罪にしてしまう心理学者もいます
心理学を精神病理学などと呼ぶと、あたかも科学のような気がしてきます
実際には、心理学は死刑囚を無罪にできる超法規的権力となってしまっています
宗教や哲学の不在を
科学で埋め合わせようとするところに
現代人の失敗がある・・・と、私は思います
予言が当たったとしても、まぐれ当たりかもしれません
だから、誰を信じ、何を信じたらいいのか
それは各人が自分で判断しなければならないのです
私の場合、信じる根拠は経験と気分です
それと、もう一つ、科学に基ずく合理性です
ただし、科学的という言葉に、直ちに信用を与えるほどウブではありません
自分なりの確かな科学的根拠に基づく判断をするのです
科学的であろうとすると
現実世界では、答えの出にくい問題も多いものです
それというのも、実験室とはちがい
わずかでも未知の条件が加わっているとすれば
科学的な判断は下せないものだからです
結論を急ぐのは科学ではありません
科学をダシに使っても
結論を急ぎ、人々を煽り立てるのは科学ではありません
何をすべきか・・・それを語るのは哲学であり宗教です
近代人は宗教を捨て、哲学を捨てて久しいのです
そこに科学の名のもとに迷信と狂信が忍び込みます
地球温暖化だとか環境汚染だとか
確かに大きな問題だし、何とかしなければならない問題ではありますが
そこで科学的として語られている多くは怪しげなものです
科学的結論を出すためには、入力すべき要素のうち
未解明なものが多すぎるのです
それと、もう一つ
私達は科学とは呼べないものを科学扱いしてしまっています
その代表が”社会学”と”心理学”です
社会学の中で、一番怪しげなのが経済学です
外れっぱなしの経済予測をしても
学者としての地位が、びくともしないのが経済学者です
明らかな殺人犯を無罪にしてしまう心理学者もいます
心理学を精神病理学などと呼ぶと、あたかも科学のような気がしてきます
実際には、心理学は死刑囚を無罪にできる超法規的権力となってしまっています
宗教や哲学の不在を
科学で埋め合わせようとするところに
現代人の失敗がある・・・と、私は思います