殺人事件の報道で気になるものがあります
それは「内心の解明不十分」といった表現です

人の心の内側というものが、はたして解明できるものでしょうか
内心の解明が不十分と主張する人は
人の心の内側が解明可能であると信じる人です
バカなのか自信家なのか知りませんが
本気で考えているとしたら、ちょっと怖い人です

私は法律には詳しくない素人です
ただし近代法の基本が罪の外部性を裁くこと
すなわち、心の内側は処罰の対象ではないということ
・・・は承知しているつもりです

近代法は宗教裁判への反省から生まれたものです
これこそが啓蒙思想の根幹です
心の中で何を考えても、近代法は罪に問いません
そのことが「信教の自由」を担保しているのです

異端審問や魔女狩り等、宗教裁判は心の内側を裁くものです

物的証拠は人の行動を推理することはできますが
心の中までは分かりません
人が歩いているテレビ映像を見れば
確かにそこにその人が歩いていた証拠にはなりますが
歩きながら何を考えていたかは分かりません

物的証拠だけでは、人の心の中を覗くことは不可能です
心の中を裁こうとすれば、どうしても物的証拠を軽視することになり
そうなると、自白が重視されるようになります

自白重視の危険性を人々は理解しているのでしょうか
自白を重視すると、拷問や不法捜査など、でっち上げがはびこることになり
裁判では権力者に都合の良い判決が出ることになるのです

これでは民主主義は成立しません
言論の自由などありえません・・・