鵜川昇先生の自伝「わが人生」には
中学生の時の先生の笑顔の写真があります
また、桐蔭学園が甲子園で優勝した時のジュースで乾杯した時の写真もあります

会心の笑みを浮かべる2枚の写真の、鵜川先生の顔はそっくりです
先生は、少年の心を持ったまま大人になり、教師となったのです

少年の正義感があったからこそ
修学旅行の時に、同僚の教師達が
生徒に隠れて酒を飲むことが許せなかったのです

国語の教師になったのも、メモリアルホールを作ったのも
少年の日の思いが実現させたものでした

鵜川先生は、ちょっと近寄りがたい、堂々たる大人でしたが
外観からは想像もつかない”永遠の少年”が、心の底に住んでいました

鵜川先生には、世の中の大人達の持つ
現実と慣れあった、いやらしさがありませんでした
先生にあったのは少年の純粋さと潔癖です

息子の入学式の時の鵜川先生のお話しも忘れられません

私が頼めば小泉総理でも祝電をくれる
しかし私はそういうことをしない
来賓が壇上に並び、祝電が読み上げられる入学式が私は大嫌いだ
入学式は生徒と両親のものだ

たった一人、壇上で
先生は力を込めて、そうお話しになりました

昨年の小学部の説明会のお話は
妻が聞いた、先生の最後の肉声だったと思います

私学の集まりに出ても
学校経営が赤字だ黒字だという話しばかりで
肝心の子供達の教育をどうするかという話しがちっとも出ない

そう言って、先生は嘆かれていたそうです