「お別れの会」の仲代達也のスピーチの中に
メモリアルホールで演ずる無名塾の演目について
鵜川先生に相談した時のエピソードがありました

「イプセンの晩年の作で難解であり、高校生には理解できないかもしれない」

そうした不安を打ち明ける仲代達也に対し
鵜川先生は

「理解できなくてもいいから、そのまま上演してほしい」

と答えたそうです

「分からなくともいい、必ず何か感じるはずだ、それが大事なのだ」

というのが鵜川先生の考えでした

メモリアルホールのこけら落しは松竹大歌舞伎「娘道成寺」でした
学園の施設で色恋の話しはどうかという反対を押し切っての上演でした
鵜川先生は芸術性を尊重したからです

同じく、劇団民芸の「炎の人」を上演するときも
画家ゴッホが主役の劇で、裸婦を描くシーンがあったため
そこをカットすべきだという意見があったのですが
事前の説明もせず、ノーカットで上演しました

鵜川先生は、あくまで本物志向なのです

2001年に完成したメモリアルアカデミウムの中には
横浜地方裁判所「陪審法廷」が移築復元されています

日本の司法制度の大改革である「裁判員制度」が実現されることになりました
この「陪審法廷」は、日本に陪審員制度があったことの
貴重な歴史的証拠であり遺物なのです

また、ここは第二次大戦後、BC級戦犯を裁いた法廷でもありました

最近映画化された「明日への遺言」は
この法廷を舞台として戦い抜いた
B級戦犯、岡田資中将の裁判闘争を描いたものです

鵜川先生は本物の歴史的遺物を残す意義を痛感していたのです