もともと、日本の教育は男女別学でした
これが今日のように、男女共学が一般化したのは戦後のことです
敗戦後、アメリカ軍司令部により、男女共学が強制されたのです

鵜川先生が最初に女子生徒を教えたのは都立小山台高校時代です

もともと男子校であったところへ
強制的に、3分の1を女子の定員とし、入学させることになったため
小山台高校のような優秀校では
男女の学力差が著しく開いてしまったのです

その結果、学業についていけず退学する生徒が続出しました

編入試験で入ってきたのは
厳しい人数割りの結果、不合格になった男子でした
彼らは優秀で、一流大学に入る者が多かったのです

学校には、いつの間にか
女子の退学者を歓迎する雰囲気ができてしまいました

女子はあくまで邪魔者扱いでした
女子に配慮した教育施設もほとんど無く、女性教師もわずかで
あるのは急造の女子トイレのみという有様でした

まったく女子には気の毒な共学方針だったのです

そんなわけで、鵜川先生には
共学で女子を受け入れるという発想がありませんでした

しかし時代は確実に変化しています・・・