「佐伯会長に何を言われても我慢してください」

「反論して言い合いになれば、また記事にしなければならなくなります」

事前に、朝日新聞記者から忠告を受けていたので
鵜川先生は理不尽な批判を耐えに耐えました
それにしても納得のいかないことでした・・・

鵜川先生自身も失言をしてしまいました
地元関係者から準優勝でもパレードをしようと言われ

「かりに優勝してもパレードはしたくない」

と言って怒られてしまったり

「野球より進学で勝負しようと思っている」

「野球部のイメージが定着すると進学に差し支える」

「優勝は早すぎた」

などという発言で顰蹙を買い
甲子園を知らない愚かな校長の暴言だと言われました

・・・いろいろ反省点もありましたが
新横浜まで帰ってくると
そこから県庁までオープンカーのパレードでした

さすがに嬉しく
高校野球の社会的位置の大きさを感じさせられた鵜川先生でした

そして、この頃から桐蔭学園の進学実績が上がり始め
翌年には、東大合格者を出すようになりました