新設予定の山手学院の校長就任を打診され
鵜川先生が相談したのは
小山台高校の”補習科設置でお世話になった”柴田周吉氏でした

この時、柴田氏も学校設立を考えていました
柴田氏が考えていたのは高専(工業高等専門学校)でした

この時代、工業化によって高度経済成長を続ける日本は
大量の若い工業技術者を必要としていました
三菱化成会長の柴田氏には
時代の要請にこたえる意図があったものと思われます

鵜川先生は、受験指導が楽しくて教師をしていました
高校では、ほとんど3年生だけを担当し
予備校の講師もしていました
そんなわけで、校長になることには、気が進みませんでした

悩みをかかえる鵜川先生に
柴田氏は、自分も新しい学校を作ろうとしている
君も新しい学校を作り、自分の思いどおりの教育をすればいい
・・・と励ましました

鵜川先生は山手学院の申し出を引き受けました