たった1年でしたが
鵜川先生にとって、栃木高校での1年は
教師としての仕事の楽しさや喜び、やり甲斐を知った
貴重な1年間だったということです

大好きな島崎藤村はもとより
漱石や鴎外のことを生徒に話して聞かせていると
生徒の方から、クラブ活動のようにして
時間外に話してほしいという要望がきました

いつの間にか、先生の周りに生徒が集まるようになっていました
宿直の時も、生徒がよく訪ねて来ました

生徒数人と美術教師を交えて、日光で合宿したこともありました
この合宿は、日光東照宮の由来を直接聞いてレポートしたいという
生徒達の熱心な要望に応えたものでした

その生徒の中に宇井純もいました

宇井純は当時から
足尾鉱毒事件を告発した田中正造のことなどを熱心に調べていたそうです
全国テストで10位以内に入る秀才であり、東大に現役合格しました

宇井純は東大で一度留年したことがあります
三原山で投身自殺した友人の遺体を
試験中であるにもかかわらず
身柄引受人になって、引き取りにいったからだそうです・・・

鵜川先生は後年、栃木高校での1年間は10年間にも感じると語っています
先生にとっては・・・そして教え子達にとっても
それほど濃密な時間だったのです