本当の意味の自由は家庭の中にしかありません
家庭以外の全ての場所には、何らかの規則があります

それ以外は無法地帯です
無法地帯というのは、規則の無いところではなく
いかなる人間的規則も通用しない場所のことです
まともな人間にとっては、もっとも不自由な場所です

規則は人を縛るものですが
規則さえ守れば、そこに自由はあります
現代人が政治的な意味で”自由”という言葉を使うとき
意味するものは、この、規則を守る者に与えられる自由のことです

家庭の中にも、無制限の自由はありません
だからといって、家族もまた本質において”社会”なのだ
・・・とするのは誤りです
家族を律するのは法律ではありません
家族を律するものは、究極においては愛情なのです
愛を基準として、家族の成員としての資格も、行動の基準も決められるのです

法の基本が平等であるのに対し、愛の本質は不平等です
社会は法の下の平等を基本に運営されています
しかし、家庭は愛による不平等によって成立しています

夫と妻の役割は違うし、親と子の役割も立場も違います
年長の兄弟と年少の兄弟の扱いも、許される行動も違います
家族は、一人として同じ条件の者のいない、完全不平等集団です
愛の本質は不平等・・・だからです

この世に、強制された愛というものはありません
強制された行為はあっても、愛は心の問題ですから強制できません
愛は自由意志のみによって成立します

家族は、自由意志のみによって成立します
それは強いものでもあり、また弱いものでもあります
しかし、そこは、人が本当の意味の自由を学ぶ出発点なのです