経済学と呼ばれる学問があります
私に言わせれば、経済学は国家経営学です
あるいは、世界経営学なのです
どうすれば国家が破産せずにいられるのか
どうすれば国家が豊かになれるのか
それを考えるのが経済学です
つまり国家の経営を考えるのが経済学です
あるいは・・・どうすれば世界が豊かになるか、それを考えるのが経済学です
つまり世界経営学こそが、真の経済学なのです
マルクス経済学は、まさに国家経営学であり世界経営学でした
志は間違いなかったのですが、大失敗しました・・・発想が古すぎたからです
マルクスは封建社会の富の概念しか持っていませんでした
商品の山が富であるという素朴な概念しかなかったのです
「資本論」の冒頭にそれが書かれています
十代の頃、この「資本論」の冒頭を読んだだけで
私はその本を閉じました
その本と著者の誤りが即座に理解できたからです
”商品の集積”という言葉は、私には”在庫の山”と聞こえます
それが”富”でも何でもないことを、私は子供の頃から知っていました
在庫それ自体が富でないことは
子供の時の切実な体験として、私の身体に刻み込まれていたのです
自家用車がまだ庶民の憧れであった時代でも
いすずのフローリアンは、ちっとも売れず
モータープールに野ざらしで置かれたままでした
子供だった私達はボローリアンと馬鹿にしていました
せっかく作ったキャベツを、腐ったわけでもないのに
父と一緒に捨てに行ったことがありました
何らかの事情で売れなかったのです
商品は売れてこそ富となるのです
マルクスは、労働が価値を生み出すことは理解できても
市民の自由が、価値の転換をもたらすことを考慮できませんでした
残酷な市場の自由が、価値を乱高下させ
せっかくの労働の成果が、必ずしも富とならない現実を理解できませんでした
私に言わせれば、経済学は国家経営学です
あるいは、世界経営学なのです
どうすれば国家が破産せずにいられるのか
どうすれば国家が豊かになれるのか
それを考えるのが経済学です
つまり国家の経営を考えるのが経済学です
あるいは・・・どうすれば世界が豊かになるか、それを考えるのが経済学です
つまり世界経営学こそが、真の経済学なのです
マルクス経済学は、まさに国家経営学であり世界経営学でした
志は間違いなかったのですが、大失敗しました・・・発想が古すぎたからです
マルクスは封建社会の富の概念しか持っていませんでした
商品の山が富であるという素朴な概念しかなかったのです
「資本論」の冒頭にそれが書かれています
十代の頃、この「資本論」の冒頭を読んだだけで
私はその本を閉じました
その本と著者の誤りが即座に理解できたからです
”商品の集積”という言葉は、私には”在庫の山”と聞こえます
それが”富”でも何でもないことを、私は子供の頃から知っていました
在庫それ自体が富でないことは
子供の時の切実な体験として、私の身体に刻み込まれていたのです
自家用車がまだ庶民の憧れであった時代でも
いすずのフローリアンは、ちっとも売れず
モータープールに野ざらしで置かれたままでした
子供だった私達はボローリアンと馬鹿にしていました
せっかく作ったキャベツを、腐ったわけでもないのに
父と一緒に捨てに行ったことがありました
何らかの事情で売れなかったのです
商品は売れてこそ富となるのです
マルクスは、労働が価値を生み出すことは理解できても
市民の自由が、価値の転換をもたらすことを考慮できませんでした
残酷な市場の自由が、価値を乱高下させ
せっかくの労働の成果が、必ずしも富とならない現実を理解できませんでした