日本の未来を考えると
不安や絶望を感じることがよくあります
”戦後”という時代に生まれ
”戦後”という時代しか知らないにもかかわらず
私は”戦後”という時代が好きになれません
それはけして悪い時代ではなかったはずです
第二次世界大戦の惨憺たる敗北から立ち上がり
世界有数の経済大国となり、世界を驚嘆させました
欧米人でなくとも、彼らの土俵の上で充分戦えることを示し
アジアやアフリカの人々を勇気付けました
人類の歴史に大書すべき、栄光の日本史の一部です
それでも、私は戦後が好きになれません
私が育ったのは、時代としては”戦後”であっても
文化的には”戦前”であったからかもしれません
父も母も、祖父母も、戦前に生まれ育ち、人格形成をした人々です
私は彼らに育てられたのです
私は学校が嫌いでした
いろいろ理由があったのでしょうが
究極的には、そこにあった”戦後”が嫌いだったのだと思います
それでも、小学生の頃は、先生も戦前生まれの人達ですから
まだ耐えられたところがあったと思います
小学校の高学年以降
本来なら、子供は若い教師を好むものなのですが
私は彼らに、本質的に馴染めぬものを感じていました
彼らが、より濃厚に”戦後”を身に付けていたからでしょう
体質としての”戦後”を
”戦後”とは、私が定義すると
日本が屈辱を強いられ続けた時代です
そして、これは過去形で表現すべきことではなく
いまなお、私達日本人は”戦後”を生きているというのが、私の考えです
いまだに”戦後”を脱していないところに
日本の暗い現在と未来が、ほの見えるのです
このことが私を、不安と絶望にかりたてます
”日本封じ込め策”こそが、戦後の欧米の外交方針でした
そこから脱する努力を何もしなかったのが
戦後日本の外交政策でした
今度はオランダ議会で”慰安婦決議”がなされました
インドネシアを150年以上も非情な植民地統治をした
あのオランダが!
不安や絶望を感じることがよくあります
”戦後”という時代に生まれ
”戦後”という時代しか知らないにもかかわらず
私は”戦後”という時代が好きになれません
それはけして悪い時代ではなかったはずです
第二次世界大戦の惨憺たる敗北から立ち上がり
世界有数の経済大国となり、世界を驚嘆させました
欧米人でなくとも、彼らの土俵の上で充分戦えることを示し
アジアやアフリカの人々を勇気付けました
人類の歴史に大書すべき、栄光の日本史の一部です
それでも、私は戦後が好きになれません
私が育ったのは、時代としては”戦後”であっても
文化的には”戦前”であったからかもしれません
父も母も、祖父母も、戦前に生まれ育ち、人格形成をした人々です
私は彼らに育てられたのです
私は学校が嫌いでした
いろいろ理由があったのでしょうが
究極的には、そこにあった”戦後”が嫌いだったのだと思います
それでも、小学生の頃は、先生も戦前生まれの人達ですから
まだ耐えられたところがあったと思います
小学校の高学年以降
本来なら、子供は若い教師を好むものなのですが
私は彼らに、本質的に馴染めぬものを感じていました
彼らが、より濃厚に”戦後”を身に付けていたからでしょう
体質としての”戦後”を
”戦後”とは、私が定義すると
日本が屈辱を強いられ続けた時代です
そして、これは過去形で表現すべきことではなく
いまなお、私達日本人は”戦後”を生きているというのが、私の考えです
いまだに”戦後”を脱していないところに
日本の暗い現在と未来が、ほの見えるのです
このことが私を、不安と絶望にかりたてます
”日本封じ込め策”こそが、戦後の欧米の外交方針でした
そこから脱する努力を何もしなかったのが
戦後日本の外交政策でした
今度はオランダ議会で”慰安婦決議”がなされました
インドネシアを150年以上も非情な植民地統治をした
あのオランダが!