1976年、イタリアのセベソという町で、化学工場が事故を起こしました

その工場は塩素系の農薬を製造していたため、これが飛散し
その中に含まれていたダイオキシンが町中に降り注ぎました

その量はきわめて多く
人口1万7000人の都市に
日本で1年間に発生するダイオキシンと同じ程の量が
降り注いだことになるそうです

ダイオキシンの致死量が報道された通りなら
数億人が死亡する量ですから
1万7000人のセベソの住民は全滅するのではないかと危惧されました

しかし、現実には
明らかな慢性疾患も、死亡者も出ませんでした

当時、ダイオキシンは猛毒の可能性があると疑われていましたから
国際的な医師団が入り
毎年、追跡健康診断が行われました

その結果は、驚くべきことに
犠牲者や病人は一人も出ていないというものでした

女性の皮下脂肪に
ダイオキシンが少し蓄積されているという報告もありましたが
その女性から生まれた赤ちゃんには、何も問題がありませんでした

セベソの町では
奇形児を生むのを恐れて、妊娠中絶した妊婦が多く
公式に認められただけでも、その数は40人になるそうです

人口1万7000人の町から
40人以上の赤ちゃんの生命を奪ったのは
ダイオキシンは猛毒であるというという”現代の迷信”でした