立身出世することが、明治以降の日本人の行動原理になってしまいました
特に、知識人と呼ばれる人々の行動原理となったのです
この場合の知識人とは、高学歴者
簡単に言えば、大学卒業者のことです
近代日本は、大学卒業者だけを知識人とする社会になりました

大学を卒業し、出世をするということが
知識人の、当たり前の生きる道となりました
この状況は現在も、まったく変わっていません
学歴無用論など、まったく嘘でした
官庁はもとより、民間企業といえども、学歴こそが人を判断する基準です
既存の組織の中で、立身出世の階段を登ろうとするなら
まず、立派な学歴を付ける必要があります

江戸時代の知識人は、学歴などありませんでした
そもそも大学がありませんでした
幕府や各藩が作った学問所は、武士だけのものでした
その代わり、庶民には、無数の多様な私塾がありました
先生と呼ばれる基準は、あくまで世間の評判であり
学歴の裏付けなど、まったく必要ありませんでした
そうした私塾から、近代日本を作り上げる人材も生まれたのです

太宰治は東大に入学しましたが
授業には出席せず、結局、中退しました
彼が学歴社会をどう見ていたか、この事実があきらかにしています
太宰にとって、東京帝国大学といえども
評判の良い”塾”以上のものではありませんでした
ですから、東京帝国大学の名前だけが必要だったのです

近代的知識人の行動原理である、高学歴と立身出世
これを、結果として、拒否して生きたのが太宰治だったのです
太宰治が、いまだに、多くの知識人から嫌われる理由は
案外こんなところにあるのかもしれません