国外退去命令が撤回されても、ボースは安心できませんでした
グプターは6月にアメリカに渡り、残るボースを
イギリス官憲と、彼らに雇われた日本の私立探偵が執拗に追いました

地下生活が2年をすぎた1918年になって
さらに追跡は厳しくなりました
ボースは関東地方を転々とし
時には、拘束される寸前に、着の身着のまま逃亡し
葛生能久の自宅に匿われるということもありました

ボースに寄り添い、彼の手足となって動く人間が必要です

頭山満はボースとの連絡係りをしていた俊子に目をつけます
頭山は相馬夫妻に、俊子をボースの妻とすることを懇望します
この申し出に、相馬夫妻は激しく動揺しますが
とりあえず、本人の意思を確認することとします

この縁談話を俊子にしてから、2週間が過ぎ
頭山からの催促もあり、黒光が俊子に意思を尋ねると
俊子は、はっきり答えました

「行かせて下さい、私の心は決まっております」

黒光は命懸けの結婚生活となることを、念を押しました
それでも、俊子の決意は変わりません

「知っております。お父さんお母さんの気持ちもよくわかっております」

それが俊子の答えでした

1918年7月9日
R・B・ボースと相馬俊子の結婚式は
頭山満邸で、両家の親類の参列もないまま、密かに執り行われました