R・B・ボースは、日本政府から間接的に身柄を保護される身となりました
しかしイギリス官憲はボースを追っています

イギリス大使館は、横浜山手町の「東洋探明社」という私立探偵会社を使い
ボースの隠れ家を探し当て、身柄を拘束しようとしました

ボースは、隠れ家が知られそうになる度に
引越しを繰り返さなければなりませんでした
R・B・ボースがイギリス政府から追われなくなる1924年まで
じつに17回もの転居を繰り返しました

ボースの、追っ手から身を隠す地下生活は
玄洋社の志士たちによって支えられました
特に、葛生能久はR・B・ボースの保護の任にあたり
献身的に彼を支えました

1957年、初代インド首相ネルーが来日した際
インド独立運動の貢献者として
葛生能久を招待しています