皆さん、頭山満をご存知ですか
彼の経歴を少し書きます
安政2年(1855年)頭山満は貧しい武士の三男として福岡に生まれました
明治の初め、士族の反乱に加わろうとしますが、逮捕され
釈放後は、不良少年のボスのような存在となります
1881年国家主義団体「玄洋社」を設立
1884年、朝鮮で甲申事変が起きます
朝鮮近代化を図るための、金玉均率いる独立党のクーデターでした
これはシナ軍の介入で3日間で失敗に終わります
日本に逃げた金玉均に援助の手をさしのべたのが頭山満でした
1897年(明治30年)日本に亡命中の孫文と出会う
1901年(明治34年)「黒龍会」創立に際し、顧問となる
1911年、辛亥革命が成功、孫文は中華民国臨時政府大統領に就任
頭山は中国に渡り、孫文と会見、長年の苦労をねぎらいます
やがて孫文は袁世凱と争い、敗れて、またも日本に亡命します
日本政府は袁世凱支持に回り
当初、孫文の亡命を認めない方針でした
頭山満は、犬養毅を通じて山本首相に働きかけ
孫文亡命を認めさせました
R・B・ボースが頭山満にあったのは1915年11月24日でした
ボースは、警察に常に行動を監視されていることを伝え
事態の解決に力を貸してほしいと要請しました
たどたどしい通訳を介して、ボースの話を聞いた頭山は
インド人革命家たちに出来る限りのサポートをする意思のあることを伝えました
彼の経歴を少し書きます
安政2年(1855年)頭山満は貧しい武士の三男として福岡に生まれました
明治の初め、士族の反乱に加わろうとしますが、逮捕され
釈放後は、不良少年のボスのような存在となります
1881年国家主義団体「玄洋社」を設立
1884年、朝鮮で甲申事変が起きます
朝鮮近代化を図るための、金玉均率いる独立党のクーデターでした
これはシナ軍の介入で3日間で失敗に終わります
日本に逃げた金玉均に援助の手をさしのべたのが頭山満でした
1897年(明治30年)日本に亡命中の孫文と出会う
1901年(明治34年)「黒龍会」創立に際し、顧問となる
1911年、辛亥革命が成功、孫文は中華民国臨時政府大統領に就任
頭山は中国に渡り、孫文と会見、長年の苦労をねぎらいます
やがて孫文は袁世凱と争い、敗れて、またも日本に亡命します
日本政府は袁世凱支持に回り
当初、孫文の亡命を認めない方針でした
頭山満は、犬養毅を通じて山本首相に働きかけ
孫文亡命を認めさせました
R・B・ボースが頭山満にあったのは1915年11月24日でした
ボースは、警察に常に行動を監視されていることを伝え
事態の解決に力を貸してほしいと要請しました
たどたどしい通訳を介して、ボースの話を聞いた頭山は
インド人革命家たちに出来る限りのサポートをする意思のあることを伝えました