1914年6月28日、ボスニアの首都サラエボで
オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子が暗殺されます
この事件をきっかけに、第一次世界大戦が勃発しました

R・B・ボースがインド人兵士の一斉蜂起を計画したのは
大戦に参戦したイギリスを背後から脅かすためです
第一次大戦の勃発はインド独立のチャンスであると
ボースは考えたのでした

計画は失敗し、ボースはインドを離れ、日本に向うこととなります
1915年6月5日、プレオ・ナース・タゴールと称するインド人
R・B・ボースは神戸に上陸しました

ボースが東京の新橋駅に到着したのは、6月8日の夜11時頃でした
方角も分からず途方にくれていると
英語の分かる巡査が現れ、宿の世話をしたり
翌日からの住まいを借りる手配まで協力してくれたそうです

東京麻布の路地裏に居を定め、ボースは東京近辺のインド人と連絡をとります

当時、イギリスとの間に日英同盟を結んでいた日本は
イギリスからの要請もあり
日本に滞在するインド人活動家の行動を、密かに監視していました

ボースはインド人の他に、当時日本にいた孫文とも知り合い
さらに大川周明や頭山満ら日本人とも知り合いました