言葉の上滑りというのは
言葉だけが流れて行って、実体が伴わないことです

子供達に”ゆとり”をもたせようということで
”ゆとり教育”なるものが始まり
子供はもとより
学校も教師も親もゆとりを失いつつあります
これなども言葉の上滑りの典型的な例でしょう

言葉の上滑りというのは
平等な人間関係では成立しません
言葉で言うだけなら、何でも可能ですから
アレをしろコレをしろと命令できる立場の人は
ついつい言葉だけに頼るようになります
対等な人間関係であれば、何を馬鹿なことを言っているのだと
相手にされないことでも
命令と服従の関係にある場合、無理が通ってしまいます

「無理が通れば道理が引っ込む」

という言葉があります
できもしない事をやれと言われれば
できなかった事を、やったことにするしかありません
文部科学省がイジメによる自殺をなくせと命令すれば
イジメによる自殺はゼロという統計データを作るだけなのです

そもそもイジメとは何なのか
イジメによる自殺とは何なのか、定義もまともにされていないようなら
データ自体が意味を成しません
さらに悪いことには、これによってイジメ問題が無いことになりますから
実態は隠され、誰も問題解決の努力をしなくなることです
現実には、事態は悪化する可能性が大きいのです