家康から煎人釜を運ぶことを命じられた奉行は
手ぶらで浜松に到着し、恐怖にふるえながら、家康の御前に出ました
切腹を命じられるかもしれません
そうでなければ改易、地位や俸禄を失うのです
奉行にとって唯一の望みは本多作左衛門から与えられた言葉だけでした
家康から煎人釜の件を問いただされると
奉行は本多作左衛門に釜を破壊されてしまった顛末を報告し
さらに、作左衛門に命じられた言葉を付け加えました
奉行の報告を黙って聴いていた家康は
怒りを露わにした表情のまま沈黙してしまいました
・・・・・突然、家康は立ち上がり
小さな声で
「奉行、大儀なり。」
そう言うなり、横を向いて奥にはいってしまいました
翌日、今度は作左衛門が家康の御前に呼び出されました
今度ばかりは、ただではすまない
これが作左衛門の見納めになるだろうと、人々はうわさしました
浜松城の広間で、家康と面と向かって、作左衛門は沈黙を通している
両脇には、徳川家の老臣達が並び、固唾をのんで、事態の推移を見守っています
家康は口を開き、次のように言いました
「作左衛門、安倍川の釜を運べと言ったのは私の間違いだった。昨日、その方が釜を壊した理由は奉行から聞いた。」
「私の間違いに気付いたことを、ありがたく思う。今後もよろしく頼む。」
家康の言葉に、作左衛門は、顔を上げ、ふかぶかと頭を下げると
「ありがたき上意をこうむり、面目、身に余る・・・」
「かかる尊慮にあらせられなば・・・国家は万代不易に候・・・」
大きな声で、城内に響き渡るほどの声で、叫んだのです
釜を壊した時、作左衛門が奉行に言ったのは
釜で人をじわじわ熱して殺し、その断末魔の様子を群集に見せ
その恐怖でもって国を治めるのは、天下人を目指す者の仕置きではない
という意味のことでした
作左衛門の言葉に、家康は天下人を目指す者の自覚を持ったのでした
手ぶらで浜松に到着し、恐怖にふるえながら、家康の御前に出ました
切腹を命じられるかもしれません
そうでなければ改易、地位や俸禄を失うのです
奉行にとって唯一の望みは本多作左衛門から与えられた言葉だけでした
家康から煎人釜の件を問いただされると
奉行は本多作左衛門に釜を破壊されてしまった顛末を報告し
さらに、作左衛門に命じられた言葉を付け加えました
奉行の報告を黙って聴いていた家康は
怒りを露わにした表情のまま沈黙してしまいました
・・・・・突然、家康は立ち上がり
小さな声で
「奉行、大儀なり。」
そう言うなり、横を向いて奥にはいってしまいました
翌日、今度は作左衛門が家康の御前に呼び出されました
今度ばかりは、ただではすまない
これが作左衛門の見納めになるだろうと、人々はうわさしました
浜松城の広間で、家康と面と向かって、作左衛門は沈黙を通している
両脇には、徳川家の老臣達が並び、固唾をのんで、事態の推移を見守っています
家康は口を開き、次のように言いました
「作左衛門、安倍川の釜を運べと言ったのは私の間違いだった。昨日、その方が釜を壊した理由は奉行から聞いた。」
「私の間違いに気付いたことを、ありがたく思う。今後もよろしく頼む。」
家康の言葉に、作左衛門は、顔を上げ、ふかぶかと頭を下げると
「ありがたき上意をこうむり、面目、身に余る・・・」
「かかる尊慮にあらせられなば・・・国家は万代不易に候・・・」
大きな声で、城内に響き渡るほどの声で、叫んだのです
釜を壊した時、作左衛門が奉行に言ったのは
釜で人をじわじわ熱して殺し、その断末魔の様子を群集に見せ
その恐怖でもって国を治めるのは、天下人を目指す者の仕置きではない
という意味のことでした
作左衛門の言葉に、家康は天下人を目指す者の自覚を持ったのでした