百円札というものを今の若い人は知らないでしょう
でも私の小学生のころは流通していました
板垣退助の肖像のお札です
母の実家に行くと、火鉢の前に座った祖父から
お小遣いがもらえました
いつも百円札を数枚くれるのでした
今、思い出しても、懐かしいというより
あれが現実なのか、夢なのか判然としない気分になります
まるでテレビドラマの1シーン
昭和時代の一場面という感じです
過去というものは
良いものであっても、悪いものであっても
もはや存在しないものです
消えたものの中に、いとおしいものが沢山あります
時の流れは、善悪や好き嫌いを超えて
すべてを押し流していきます
昨日の夢が今日の現実になることもあれば
今日の現実は明日の夢となってしまうかもしれません
望みは実現するかもしれませんが
望まないことも、実現してしまうこともあるでしょう
消えてほしいものも、消えてほしくないものも
等しく、過去は過去として、私達の記憶の中にしか残りません
自宅で作った味噌、醤油、お茶
ニワトリを絞めて、血を抜き、腹をさばく父や祖父
オートバイのようなハンドルの付いた
クロガネの3輪トラック
昭和30年代とは、現実なのか夢だったのか
私にとっては、懐かしさよりも
夢見る想いで、思い出す過去です
でも私の小学生のころは流通していました
板垣退助の肖像のお札です
母の実家に行くと、火鉢の前に座った祖父から
お小遣いがもらえました
いつも百円札を数枚くれるのでした
今、思い出しても、懐かしいというより
あれが現実なのか、夢なのか判然としない気分になります
まるでテレビドラマの1シーン
昭和時代の一場面という感じです
過去というものは
良いものであっても、悪いものであっても
もはや存在しないものです
消えたものの中に、いとおしいものが沢山あります
時の流れは、善悪や好き嫌いを超えて
すべてを押し流していきます
昨日の夢が今日の現実になることもあれば
今日の現実は明日の夢となってしまうかもしれません
望みは実現するかもしれませんが
望まないことも、実現してしまうこともあるでしょう
消えてほしいものも、消えてほしくないものも
等しく、過去は過去として、私達の記憶の中にしか残りません
自宅で作った味噌、醤油、お茶
ニワトリを絞めて、血を抜き、腹をさばく父や祖父
オートバイのようなハンドルの付いた
クロガネの3輪トラック
昭和30年代とは、現実なのか夢だったのか
私にとっては、懐かしさよりも
夢見る想いで、思い出す過去です