考えることと、行動することは、ちょうど反対の関係にあります
勿論、大部分の人は、行動と思考は一体であると考えているでしょうから
私の意見には同意できないでしょう
駅までの道のりをいそいでいるとき
人は、何かを考えているかもしれませんが
例えば、遅刻の言い訳をどうしようかなどと・・・
駅に行くか止めるかということは考えません
仮に、そんな考えが一瞬頭をかすめたら、立ち止まるでしょう
”駅まで行く”という行動の最中には
駅に行くべきか、食事をすべきか、どうしようなどとは考えません
必ず考えてから行動しているわけで、行動しながら考えるのは
次の行動のことです
例えば、空腹だとすると、駅の立ち食いソバに寄るか
目的地に着いてから、食堂を探すか、などと考えます
駅に急ぎながら、駅に着いた後のことを考えるわけです
私達普通の人間の日常は、思考と行動の交互に重なり合う現象なのです
考えた結果、ある行動に移り、その行動の最中に次の行動を考えるわけです
思考と行動は頭脳と肉体が分け合う、人間存在の両面です
私達は行動を見ることによって、他者を理解します
したがって彼(または彼女)が何を考えているのか、推測以上のことはできません
ウソ発見器も催眠術も、人間の思考を完全に突き止めることはできません
人間の思考については、現代科学をもってしても
推測以上のことはできないのです
一方で私達は自分を思考によって認識しています
結構ダメな奴でも、自分は能力にふさわしい待遇を受けていないと考えます
一方、努力すればどうにでもなることを
自分には無理だと、やってみもせずに、諦めます
実際の行動ではなく、思考によって、自分とはこういう人間だと考えるからです
自分のことは、頭の中で都合良く考え、他人のことは結果で判断する
いたって自己中心的なのが、私達人類なのです
勿論、大部分の人は、行動と思考は一体であると考えているでしょうから
私の意見には同意できないでしょう
駅までの道のりをいそいでいるとき
人は、何かを考えているかもしれませんが
例えば、遅刻の言い訳をどうしようかなどと・・・
駅に行くか止めるかということは考えません
仮に、そんな考えが一瞬頭をかすめたら、立ち止まるでしょう
”駅まで行く”という行動の最中には
駅に行くべきか、食事をすべきか、どうしようなどとは考えません
必ず考えてから行動しているわけで、行動しながら考えるのは
次の行動のことです
例えば、空腹だとすると、駅の立ち食いソバに寄るか
目的地に着いてから、食堂を探すか、などと考えます
駅に急ぎながら、駅に着いた後のことを考えるわけです
私達普通の人間の日常は、思考と行動の交互に重なり合う現象なのです
考えた結果、ある行動に移り、その行動の最中に次の行動を考えるわけです
思考と行動は頭脳と肉体が分け合う、人間存在の両面です
私達は行動を見ることによって、他者を理解します
したがって彼(または彼女)が何を考えているのか、推測以上のことはできません
ウソ発見器も催眠術も、人間の思考を完全に突き止めることはできません
人間の思考については、現代科学をもってしても
推測以上のことはできないのです
一方で私達は自分を思考によって認識しています
結構ダメな奴でも、自分は能力にふさわしい待遇を受けていないと考えます
一方、努力すればどうにでもなることを
自分には無理だと、やってみもせずに、諦めます
実際の行動ではなく、思考によって、自分とはこういう人間だと考えるからです
自分のことは、頭の中で都合良く考え、他人のことは結果で判断する
いたって自己中心的なのが、私達人類なのです